梅にメジロ



光る文章講座

公務員試験の作文

国Ⅲ・初級
○ はじめに

① 「手紙」
② 「ボランティア活動」
③ 「住んでみたい街」
④ 「最近興味をもっていること」
⑤ 「社会人としての心構え」
⑥ 「高齢化社会と私の役割」
⑦ 「最近印象に残ったこと」
⑧ 「私の挑戦」

○ 礼状(結果報告)

  公務員試験の作文−受講案内

答案百花−総合案内 
警察官・消防官の小論文・作文  福祉・看護・介護の作文
「時事用語」

作文打出の小づち
総もくじ
作文編  国語編  小論文編  閑 話

トップページ   



 はじめに

ここに紹介する8つの作品は同一人のものである。
題材(話の中味)がユニークであること、その反面、構成や表記・表現に注意・工夫を要すること
この2点によって登場願うことになった。

発展の様子に加え、末尾の結果報告をも参考にしていただければ幸いである。


「手紙」

はじめの答案 添削例・諸注意
 手紙といえば、私は中学生の時にもらった
一通の手紙を思い出す。その手紙をもらった
時期は中学校生活、最後の大会の直前だった。
 私は野球部に所属していて、最後の大会に
かける意気込みは相当のものだった。しかし
大会前の練習試合で運悪く、右手を骨折して
しまった。とても悲しくて本当に辛かった。
お医者さんにも、ギブスを取って試合に出さ
せて下さいとお願いしたほどだった。もう野
球の大会の事はどうでもいい、もう意味がな
いもんだと思っていた。
 そんな時に、差し出し人の名前の無い手紙
が届いた。その手紙には、「あなたの頑張っ
ている姿をいつも見て来ましたので、骨折を
して試合に出られない悔しさは、人一倍強く、
悔しいものだと思います。しかし、めげずに
野球部の方を応援して、勝利に導いて下さい」
という内容だった。
 私はそれを読んで、自分が今何をしなけれ
ばいけないかを気付かされた。自分自身が今
まで頑張ってきたのは、チームの勝利に貢献
したかったからだ。応援を力一杯してもチー
ムの勝利に貢献できるではないかという事を
、試合には出られなかったが、中学校生活最
後の大会へ力一杯、応援という立場から頑張
れたので悔いはない。それも、あの手紙のお
かげだと思う。あの手紙がなければ今でもけ
がをした事を悔やんでいると思う。私にとっ
ては差し出し人の名前が無い手紙は、天から
の激励の手紙だった。
          (以上、約600字)

←1.それをもらったのは中学校
  生活……



←2.……練習試合で、運悪く右
  手を
←3.お医者さんに、ギブスを取
  って試合に……とお願いした
  が、だめだった。
←4.もう意味がないのだと……
※1.文節の係り受け、ないし、
  主語・述語を整える。〔その
  手紙には「……」と書かれて
  いた。〕とするか、〔その手
  紙は「……」という内容だっ
  た。〕とする。


←5.自分が今まで……
←6.応援であってもチームの勝
  利に貢献できるではないか、
  力いっぱい応援をしようと思
  った。
※2.句読点は行頭には打たない
  で、前行末の欄外へ。なお、
  ここで改行して締めくくる。
   

講 評
一、内容と構成

 野球少年物語のようで、出来すぎの感があるほどに内容がよい。得点は主に内容のよさによる。
 話の運びがよく、特に、体験を踏まえて感想を述べるという構成がよい。事実と意見が書き分けられているので、手紙自体と最後のひとことが、ともに生きているといえる。

  段落構成については、締めくくりに一工夫ほしい。

二、表記と表現

 文節の係り受け、主語・述語の関係(第三段落2〜7行目)、語順(第五段落4〜5行目、6〜7行目)、読点(、)の打ち方(第二段落3行目、他)に注意。いずれも添削例参照。

○ ランク—B、得点—75

書き直した答案 添削例・諸注意
 手紙といえば、私は中学生の時にもらった
一通の手紙を思い出す。それをもらったのは
中学校生活最後の大会の直前だった。
 私は野球部に所属していて、最後の大会に
かける意気込みは相当のものだった。しかし、
大会前の練習試合で、運悪く右手を骨折して
しまった。とても悲しくて、本当に辛かった。
お医者に、ギブスを取って試合に出させて下
さいとお願いしたほどだった。それがだめだ
となると、もう野球などはどうでもいい、も
う意味がないのだという気になっていった。
 そんな時に、差出人の名前のない手紙が届
いた。その手紙には「あなたの頑張っている
姿をいつも見てきましたので、骨折をして試
合に出られない悔しさは、人一倍強く、悔し
いものだと思います。しかし、めげずに野球
部の方を応援して、勝利に導いて下さい」と
書かれてあった。
 私はそれを読んで、自分が今何をしなけれ
ばならないかに気付かされた。自分が今まで
頑張ってきたのは、チームの勝利に貢献した
かったからだ。応援でもチームの勝利に貢献
できるではないか。力いっぱい応援をしよう
と思った。最後の大会で試合には出られなか
ったが、応援で頑張れたので、悔いはなくな
った。
 あの手紙がなかったら、今でもけがをした
ことを悔やんでいると思う。私にとって、差
出人の名前のない手紙は、天からの激励の
手紙だった。
          (以上、約600字)

 中谷宇吉郎という雪の研究家に
「雪は天からの手紙である」という名言があるが、
この作文はそれを思わせる。

もどる



 「ボランティア活動」

はじめの答案 添削例・諸注意
 中学校3年間、「火の用心、マッチ1本火事のもと」と言いながら町内を回るのが私の日課であり、仕事だった。
 火の用心で回っていると、「ご苦労さん、頑張って」といった励ましの声や、感謝の言葉をよく聞いた。火の用心を始めた頃は、少しは人の役に立つかもしれないと思っていたが、そんなに喜んでもらえるとは思っていなかったのでびっくりした。しかし、感謝や励ましの声を聞くと、やる気は出たが、冬も夏も休まず回るのは大変だったし、人がいると恥づかしくて何度もやめたくなった。
 そんな時、「その火の用心の声を聞くと火のもとをチェックしているんだ」という言葉を聞いた。私は、「この人は、この火の用心をすごく頼りにして役に立てているんだ。これは、火事が起こったら私の責任だ。適当なことはできないぞ」と強く思った。それからは声も拍子木の音も大きくして、町内の全ての人に聞こえるように頑張った。その時の私は、町中を火事から守っているといった使命感と責任感で一杯だった。
 高校に入ると部活で帰宅が遅くなり、火の用心は引退した。しかし、やめて少したってから、近所へ放火があった。その時、「やっぱり僕は町内を守っていたんだ」と、少しほこらしげに思った。
 火の用心をしている時は、自分には無利益で人の為だけに頑張っていると思っていた。しかし、火の用心をしたことによって町中を守っている責任感や正義感をもつようになり、人間的に大きく成長出来た。そのため今から考えると、火の用心によって私も得るものは大きかったんだなあと思う。
 私はボランティアと聞くと、一方にだけ利益があってボランティアをしている方には何の利益もないと思っていた。しかし、火の用心をしたことによって、何事でも頑張れば頑張るほど、自分にとってもその頑張りに見合ったものが返ってくると分かった。私は、そのことが分かっただけでも火の用心をやって良かったと思う。

          (以上、約800字)





← この活動を始めたころは、


※ 「しかし」の後の文を「感謝や……やる気が出た」とし、「しかし」をその後にまわす。

← そんなとき、ある人が「……」と言ってくれた。

※ 「これは、」の文を削除する。(実際には責任を問われることではないから)。



← 火の用心の仕事をやめた。

← 「やっぱり僕は町内を……」と、残念に思うとともに、少し誇らしげに……
← 自分は無報酬で人のために頑張っているだけだと……
※ 「しかし、火の用心を……」の文を削除して、次の段落の内容をその前の文のつなぐ(内容が重複しているので)。




← 何事でも頑張れば、それに見合うものが返ってくると……

講 評
一、内容と構成

 事例がすばらしい。よい体験をしたものである。前作と同様、得点のよさはこれによる
 文章の流れもよい。ただし、終わりの段落の内容が重複しているので、1段落にまとめたい(添削例参照)。

二、表記と表現

 表現の重なりについては前項参照。

三、その他

 第4段落の「引退」に関連して、この活動は何かのグループの一員として行ったのであれば、それについてひとこと触れておきたい。

○ ランク—A、得点—85

書き直した答案 添削例・諸注意
  中学校3年間、「火の用心、マッチ1本火事のもと」と言いながら町内を回るのが私の日課であり、仕事だった。
 火の用心で回っていると、「ご苦労さん、頑張って」といった励ましの声や、感謝の言葉をよく聞いた。この活動を始めた頃は、少しは人の役に立つかもしれないと思っていたが、そんなに喜んでもらえるとは思っていなかったので、びっくりした。感謝や励ましの声を聞くと、やる気が出た。しかし、冬も夏も休まず回るのは大変だったし、人がいると恥ずかしくて何度もやめたくなった。
 そんな時、「その火の用心の声が聞こえると、火のもとをチェックしているんだ」と、ある人が言ってくれた。私は「この人は、この火の用心をすごく頼りにして役に立ててくれているんだ。いい加減なことはできないぞ」と強く思った。それからは声も拍子木の音も大きくして、町内の全ての人に聞こえるように頑張った。その時の私は、町中を火事から守っているといった使命感と責任感で一杯だった。
 高校に入ると、部活で帰宅が遅くなり、この活動をやめざるを得なくなった。しかし、やめて少したってから、近所で放火があった。その時、非常に残念な気持ちと、「やっぱり僕は町内を守っていたんだ」と、少しほこらしげに思う気持ちが同時に起こった。
 火の用心をしている時は、自分には無報酬で人のために頑張っているだけだと思っていた。しかし、火の用心の仕事をしたことによって、責任感や正義感をもつようになり、人間的に大きく成長出来たように思う。そして、何事でも頑張れば、その頑張りに見合ったものが返ってくると分かった。私は、そのことが分かっただけでも火の用心をやってよかったと思う。

          (以上、約700字)

















◎ 声も音も大きくして、というところがいいね。
 ところで、そうだとすると、やっぱり一人で回っていたのかな。

「ボランティア」という言葉がなくなってしまったが、
内容が課題にじゅうぶん応えているので、これでよい。

もどる



 「住んでみたい街」

はじめの答案 添削例・諸注意
 私が小学生の時、夏休みになると親せきが祖父母の家に集まった。私はそこで、従兄弟達と川にパンツ一丁で入って、遊ぶのが非常に楽しかった。その川の水はとても澄み切っており、浅い所では川底の小さい石や砂が透けて見え、魚が泳ぐ姿もよく見えた。もりを使って魚を取ったり、川の中で自由に泳ぎ回ったり、また、暑い日差しの中、冷たい川に足を入れて川のせせらぎを聞くだけでも時間がゆっくり流れている感じがして非常に良かった。
 しかし、私が小学5年生の夏休みにすごく楽しみにして川に行くと、その川は洗剤か何かの泡だらけになっていた。もうそこは、あの澄んだ川ではなかった。とてもじゃないが、あの川で遊ぼうという気にはなれなかった。そして、中学生になると、クラブ活動などで、夏休みに祖父母の家に行くこともなくなった。
 私は、夏になるたびにあの澄んだ川を思い出す。そして、いつももう一度あの暑い日差しの中で冷たく澄んだ川で泳ぎたいと思う。だから私は、あんな澄んだ自然のままの川や海のある街に住みたい。
 そのため私は、このことがその街をつくることにつながるのか分からないが、自分が外で出したゴミは家に持ち帰るといった小さなことから始めている。そして最近は、ゴミをそこら辺に捨ててしまうモラルのない人の心の汚れがそのまま海や川、全ての自然に現れているのではないかと思う。

          (以上、約600字)
← 親戚の者が

← ……パンツ一つで出かけて行った。その川は……


← 泳ぎ回ったりした。



← ……夏休みにその川に行くと、(※ 情景を描くときは感情を交えないようにする)。
← ……この川では遊べないという気持ちになった。
← クラブ活動が忙しくなって、






※ おしまいの「最近は、……」の文を段落の始めにもってきて、その後を「そのため、私は自分が外で出したゴミは家に持ち帰るようにしている」とでもする。「好評」参照。

講 評
一、内容と構成

 いつもながら、事例がとてもよい。川のきれいな様子がよく描かれている
 それに比べて、結論に締まりがない。字数を増やすためにもう1段落を加えたと思われるが、この内容は加えないほうがよい。
 もし字数を増やす必要があるなら、第3段落に、なぜ川が汚れるのか、また、それを防ぐにはどうすればよいか、原因と対策を入れるとよい。

二、表記と表現
 修飾語の部分が長くて読みにくいので(3行目、7行目等)、「一文を短く、修飾部を短く」を心がけたい。

○ ランク—B、得点—70


書き直した答案 添削例・諸注意
  私が小学生の時、夏休みになると親せきの者が祖父母の家に集まった。私は、そこで従兄弟達と川にパンツ一つで出かけていった。その川はとても澄み切っており、浅い所では川底の小さい石や砂が透けて見え、魚が泳ぐ姿もよく見えた。もりを使って魚を取ったり、川の中で自由に泳ぎ回ったりした。また、暑い日差しの中、冷たい川に足を入れて川のせせらぎを聞くだけでも、時間がゆっくり流れている感じがして非常に快かった。
 しかし、私が小学5年生の夏休みにその川に行くと、その川は洗剤か何かで泡だらけになっていた。もうそこは、あの澄んだ川ではなかった。とてもじゃないが、この川では遊べないという気持ちになった。中学生になると、クラブ活動が忙しくなって、夏休みに祖父母の家に行くこともなくなった。
 私は、夏になるたびにあの澄んだ川を思い出す。そして、いつももう一度あの暑い日差しの中で冷たく澄んだ川で泳ぎたいと思う。あの泡だらけになったなった川も、生活排水をきれいな水に戻してから川に流すという設備がしっかりしていたなら、今でも澄んだ美しい川だったと思う。
 だから、私は生活排水をきれいな水に浄化できる設備をもった街に住みたい。そして、いつまでも美しい澄んだ川とともに生活をしていきたい。

          (以上、約600字)























← いずれにしても、川はきれいであってほしい。私は、祖父の住んでいた昔のような街に住んでみたいと思っている。


かなり苦しい結論になったが、最も書きやすいのは、
現在住んでいる市や町について改善案を出すことだろう。
なお、それは理想でよいが、実現可能なものでありたい。

もどる



 「最近興味をもっていること」

はじめの答案 添削例・諸注意
 最近、興味を持っている事は戦国時代の話である。その中でも、私は武士同士のかけひきや心のつながり、信頼といった今の世の中にも通じる事に深く興味を抱いている。
 戦国時代の話で一番感銘を受けたのは、大谷吉継と石田三成の友情の話だ。その内容は、お茶会で武士同士が一つの湯呑で回し飲みをしていく時に、吉継は重度の病気だった為、湯呑の中へ鼻水をこぼしてしまった。その為、他の武士は飲むのをためらっていたが、三成は吉継の気持ちを考えて飲み干した。それにより吉継は関ヶ原の合戦の時に、満身創痍で満足に歩けない体だったが、三成方について戦い、最後は自害した。
 私はこれを読んだとき、三成の思いやりと吉継の礼に尽くそうとする、体を張った律儀さに自分が忘れている事を教えられた気がした。
 今の世の中は、物があふれかえり、戦国時代と比べたら、今日死ぬかもしれないといった不安が少なく、とても幸せである。その物質的幸福のために、人間らしさや心のつながりといったものが見えなくなっていると思う。友だちといっても、本当に心から信頼しあえ、困った時に一番に助けてくれる真の友だちがいるだろうか。戦国時代は今と比べたら、とても遅れた時代の様に感じるかもしれない。しかし、心を無くした人間だらけの今の時代と比較すると、武士たちの人間模様は比較にならないくらい発達している。21世紀という修正を必要とする時代に入った今、戦国時代の武士の心を勉強する必要は大いにあると思う。

          (以上、約600字)
← 最近私が興味を……。その中でも、武士同士のかけひきや心のつながり、信頼といったことに深く……。それは今の世の中にもにも通じると思われるからである。
※ 「その内容は」の述語がないので、これを削除する。
 もし残すなら、引用する話の終りに「というものである」とでも付ける。


← 三成方について戦った。

← 三成の思いやりと吉継の律儀さに


← 今日死ぬかもしれないといったような不安があまりななく、物質的豊かさのために、人間らしさや心のつながりといったものが見えなくなっていると思う。友だちについても、……真の友だちのいる人がどのくらいいるだろうか。
※ 「心を無くした……比較すると」は判断が安易なので削除する。
← 比較にならないくらい洗練されている。
※ 「21世紀……入った今」を削除して改行し、「人間関係が希薄になっている言われる現代、」とでもして結論につなぐ。


講 評
一、内容と構成

 まず、課題との関係では、興味が読書であることに好感がもてる。
 次に、読書の内容がユニークで、これにも好感がもてる。引用している話の中味もよい。
 しかし、現代社会の見方が安易。紋切型に、あるいは、マスコミふうにならないようにしたい。添削例参照。
 現代社会の見方については、出来る限り体験・見聞に基づいた事例と判断が望まれる。むしろ、それが必須と考えたい。

二、表記と表現
 
 修飾部分が長くなり過ぎないように、また、並列する事項は長さをそろえるなど、形を整えるようにしたい(第3段落の最初の文)
 「事」「為」「様に」は間違いではないが、今はふつうかな書きとする。

○ ランク—B、得点—70


書き直した答案 添削例・諸注意
 最近、私が興味を持っていることは戦国時代の話である。その中でも、武士同士のかけひきや心のつながり、信頼といったことに深く興味を抱いている。それは今の世の中にも通じると思われるからである。
 戦国時代の話で一番感銘を受けたのは、大谷吉継と石田三成の友情の話だ。お茶会で武士同士が一つの湯呑で回し飲みをしていた時に、吉継は重度の病気だったため、湯呑の中へ鼻水をこぼしてしまった。そのため、他の武士は飲むのをためらっていたが、三成は吉継の気持ちを考えて飲み干した。それにより、吉継は関ヶ原の戦いの時に、満身創痍で満足に歩けない体だったが、三成方について戦い、最後は自害した。
 私はこれを読んだとき、三成の思いやりと吉継の律儀さに、自分が忘れていることを教えられた気がした。
 今の世の中は、物があふれかえり、戦国時代と比べたら、今日死ぬかもしれないといったような不安があまりなく、物質的豊かさのために、人間らしさや心のつながりといったものが見えなくなっていると思う。友だちについても、本当に心から信頼しあえ、困った時に一番に助けてくれる真の友だちのいる人がどのくらいいるだろうか。戦国時代は今と比べたら、社会が未熟の時代のように感じるかもしれない。しかし、武士たちの人間模様は比較にならないくらい洗練されている。
 人間関係が希薄になっていると言われる現代において、戦国時代の武士の心は私たちが生きていく上でいろいろな知恵を与えてくれる。

          (以上、約600字)













「友情」の話だから、自害したところまでは要らないね。














活字離れが言われるようになって久しいが、そういうご時世にあって、
「趣味は読書」と聞くと、新鮮な感じさえする。
そういう人は、きっと好感をもって迎えられるだろう。

だからといって、履歴書の趣味の欄に安易に「読書」と書くのは慎もう。
一本筋の通った読書をしていないと、面接でバレルからだ。

もどる



 「社会人としての心構え」

はじめの答案 添削例・諸注意
 私は、大学生の頃は就職イコール社会人だと思っていた。だから、その頃は就職していないのだから社会人ではないというだけで、精神的にも肉体的にも私は社会人と変わらないと思っていた。
 ある日、私は電車で友達との待ち合わせ場所に向かっていた。もう約束の時間には遅れそうだったが、当時は「もし遅れても、少しぐらいなら許してくれるだろう」と気軽に考えていた。はっきりそう考えていたわけではないが、近くの席で、父親が子供にこんなことを言っているのが聞こえてきた。「約束をしたなら、遅刻して人を待たすようなことをしてはいけないよ。お前が人の時間をむだにしてしまうことになるんだからね。また、そういったことがお前の信用にかかってくるんだからね」それを聞いて、私はまるで自分のことを言われているように感じて、自分がとても恥ずかしく、自分がまだ子供に感じられた。その父親と自分には大きな差があると思った。
 その差は相手のことを考えて行動できるかどうかという違いなのだった。電車が目的の駅に着くまでの間、漠然とだが、私は「このように、相手のことを考えて行動できるのが大人というものなんだ。大人になれば、いろいろな人と接することになるだろう。そうなると、自分のことだけ考えて行動しているようでは到底ダメなんだ。自分は今から本物の大人になれるよう、相手のことを考えれる人間にならないといけない」と思った。
 電車が駅に着くと、私は時間に間に合うように、走って行った。

          (以上、約600字)

← だから、自分は精神的にも肉体的にも社会人と変わらないが、就職していないから社会人ではないのだと思っていた。























← 考えられる人間に


講 評
一、内容と構成

 事例がよく、それについての考察も的を射ている。
 おしまいの段落が秀逸。

二、表記と表現
 
 「『ら』抜き言葉」に注意。添削例参照。

○ ランク—A、得点—90


「大人」を「社会人」と置き換える旨を入れたいところだが、
入れないほうがすっきりしてよい。

なお、これだけ書ければ、書き直す必要はない。


もどる



 「高齢化社会と私の役割」


このような課題では、広く社会一般の問題と捉えようとして、理屈倒れになるものが多い。
また、「よく分からない」と言って考えあぐねている人も少なくないが、
事例は近所を散歩するだけでも見つかるものだ。
次の作文は、家族という身内に例をとったものである。

はじめの答案 添削例・諸注意
 私の祖父は、もうすぐ90歳になる。私が小学生のころは夏休みになると、祖父の家に行った。祖父は、私が来ると非常にうれしそうな顔をしてくれた。ゲートボールを教えてくれたり、クワガタ取りに連れていってくれた。ゲートボールの審判をしていたし、田や畑も一人で切り盛りする、非常に元気な祖父だった。
 私は先日、久しぶりに祖父の家に行った。すると、祖父は以前と変わらない笑顔で迎えてくれたが、昔と違って非常にげっそりしていた。また、耳や目がとても悪くなっており、私と二人で会話をしても、とても大きな声で話して聞こえるか聞こえないかだった。そのため、言葉を伝えるのにとてもとても苦労した。祖父のほうは、聞こえない苛立ちと、何度も聞き返すのが、心苦しいのとで、会話はすぐ途切れた。また、高齢のため、畑仕事などもやめた祖父は、非常に退屈そうで、寂しそうに感じられた。
 これからの時代は、高齢化により、祖父のような老人たちが多くなる。その寂しさを少しでも和らげるためには、若い私たちは一人で全ての老人を救おうとするのではなく、まずは、自分の身近な老人から救うのが大事だと思う。一人一人が親類や近所といった身近な人を救えば、いくら高齢化といっても、寂しい老人は少なくなると思う。
 そのため、私は身近な老人の一人、祖父から寂しさをやわらげていきたいと思う。耳が遠いからといって、敬遠するのではなく、少しの努力と身振りなどの工夫でコミュニケーションは取れるはずだ。私には、老人を介護するなどの技術はもっていない。しかし、老人と会話するくらいならできる。私は、高齢化社会に、自分ができる会話によって、孤独な老人を救いたい。

          (以上、約700字)
← 私は小学生のころ、夏休みに……
← ……連れて行ってくれたりした。(※「たり」の用法に注意)。
← 祖父は非常に元気で、ゲートボールの……








← ……苛立ちと、何度も聞き返す心苦しさとで……(※ 並列の形をそろえる)。
← また、祖父は畑仕事などもやめていたため、
← ……多くなるだろう。
← ……若い私たちは老人たちと交流の機会をもつことが大事だと思う。ただし、一人で全ての……身近な老人から接すればよい。そうすれば、寂しい老人は少しでも少なくなると思う。
← そのため、私は祖父の話し相手になることから始めようと思う。
← 身振りの工夫など少しの努力でコミュニケーションは取れるはずだ。


講 評
一、内容と構成

 いつもながら、事例がとてもよい。お祖父さんのようすも、とてもよく描かれている。
 今回は、その優れた事例(事実)を踏まえて、結論部の考え(意見)にもうひと工夫が望まれる。

二、表記と表現

 今回は特に語順に注意。添削例参照。

○ ランク—B、得点—75


書き直した答案 添削例・諸注意
 私の祖父はもうすぐ90歳になる。私は小学生のころ、夏休みになると、祖父の家に行った。私が行くと、祖父は非常にうれしそうな顔をしてくれた。ゲートボールを教えてくれたり、クワガタ取りに連れていってくれたりした。祖父は非常に元気で、ゲートボールの審判をしていたし、田や畑も一人で切り盛りしていた。
 私は先日、久しぶりに祖父の家に行った。すると、祖父は以前と変わらない笑顔で迎えてくれたが、昔と違って非常にげっそりしていた。また、耳や目がとても悪くなっており、私と二人で会話をしても、とても大きな声で話して聞こえるか聞こえないかだった。そのため、言葉を伝えるのにとてもとても苦労した。祖父のほうは、聞こえない苛立ちと、何度も聞き返す心苦しさとで、会話はすぐ途切れた。また、祖父は畑仕事などもやめ、非常に退屈そうで、寂しそうに感じられた。
 これからの時代は、高齢化により、祖父のような老人たちが多くなるだろう。その寂しさを少しでも和らげるためには、若い私たちは老人たちとの交流の機会をもつことが大事だと思う。ただし、一人で全ての老人を救おうとするのではなく、一人一人が親類や近所といった身近な老人に接すれば、少しでも寂しい老人は少なくなると思う。
 私は身近な祖父の話相手から始めようと思う。身振りの工夫など少しの努力でコミュニケーションは取れるはずだ。私は老人介護などの技術はもっていない。しかし、会話するくらいならできる。私は高齢化社会において、自分ができる会話によって孤独な老人を救いたい。

             (以上、約650字)




















← やわらげてあげるために

事例としては、元気にジョギングや野球、サッカーをしている高齢者でもよい。
老人ホームや介護サービスだけが高齢者対策なのではないのだ。

もどる



 「最近印象に残ったこと」


この題では時事問題を考えようとするだろうが、
身近なところにも材料はあるという例を紹介しよう。

はじめの答案 添削例・諸注意
 私は先日、靴を買いに行った。一軒目の店では、私が入るとすぐに、「いらっしゃいませ」と言われた。その店では試着をさせてもらったが、どうも気に入らず、買わなかった。しかし、その店の店員は私が出て行くときに、「ありがとうございました」と言った。二軒目の店では、私が店の中に入っても、「いらっしゃいませ」とは言わなかった。そこの店でも気に入った靴がなかったので、買わずに店を出た。「ありがとうございました」とは言われなかった。
 私はコンビニでバイトをしている。そこの店長に「もし、お客様が何か買ったとしても、買わなかったとしても、いらっしゃいませとありがとうございましたは言ってください。なぜなら、貴重な時間を使って我々の商品を見てくれたのですから」と言われたことを思い出した。一軒目の店は、店長がいったような意味をこめて「ありがとうございます」と言ったと思う。しかし、次の店は、利益にもなっていないので、感謝の「ありがとうございました」は言う必要がないという気持ちがあるのだと思う。
 確かに、自分の店にとって利益になっていないお客様に「ありがとうございます」と言うのは抵抗だある。しかし、自分たちの商品を見てもらったという小さなことに対しても感謝できるのはすごいことだと思う。お金を得る得ないだけではなく、そういった小さなことに感謝できる人間に、私はなりたいと思う。今まで何も考えずに、「ありがとうございました」言っていた。しかし、今日からは本当の感謝の心をこめて、「ありがとうございました」と言おうと思う。

          (以上、約800字)

← と声がかかった。







← ……とも言われなかった。

← 何も買わなかったとしても、
← 『いらっしゃいませ』と『ありがとうございました』



← 次の店は感謝の気持ちなど初めからもっていないのだろうと思う。





← すばらしいことだと思う。


講 評
一、内容と構成

 2つの事例がうまく対比されている。それを教訓として感謝の気持ちを持つに至る結論もよい。この結論によって、最初の事例がいっそう生きてきている。

二、表記と表現

 書き方が丁寧すぎて、テンポが停滞している感、無きにしもあらず。特に、第2段落の後半を簡潔にしてテンポを速めたい。

 ○ ランク—B、得点—80


書き直した答案 添削例・諸注意
 私は先日、靴を買いに行った。一軒目の店では、私が入るとすぐに、「いらっしゃいませ」と声がかかった。その店では試着をさせてもらったが、気に入ったのがなく買わなかった。しかし、私が出て行くときに、店員が「ありがとうございました」と言った。二軒目の店では、私が店の中に入っても、「いらっしゃいませ」と言わなかった。そこの店でも気に入った靴がなかったので、買わずに店を出た。「ありがとうございました」とも言われなかった。
 私はコンビニでバイトをしている。そこの店長に「もし、お客様が何も買わなかったとしても、『いらっしゃいませ』と『ありがとうございました』は言ってください。なぜなら、貴重な時間を使って我々の商品を見てくれたのですから」と言われたことを思い出した。一軒目の靴屋では、店長がいったような意味をこめて「ありがとうございます」と言ったと思う。これに対して、次の店は初めから感謝の気持ちがないのだと思う。
 確かに、自分の店にとって利益になっていない客に「ありがとうございます」と言うのは抵抗だある。しかし、自分たちの商品を見てもらったという小さなことに対しても感謝できるのはすばらしいことだ思う。私はそういった小さなことに感謝できる人間になりたい。今まで何も考えずに、「ありがとうございました」言っていた。しかし、今日からは本当の感謝の心をこめて、「ありがとうございました」と言おうと思う。

          (以上、約750字)


もどる



 「私の挑戦」

おしまいもユニークな答案である。

はじめの答案 添削例・諸注意
 私が尊敬している人は母である。母はいつもガミガミと口うるさいし、すぐ怒るが、私は深く感謝し、尊敬している。
 私が幼い時に父が亡くなったので、母は女手一つで、私たち兄弟3人と祖母を養わなければならなかった。そのため、金銭面でも大変だったと思うが、私は他の人と比べて、決して不自由な生活をしていると感じたことはなかった。なぜなら、母は自分は我慢しても、私たちには普通以上の生活をさせてくれたからだ。母は私たちに新しい服をたくさん買ってくれたが、自分のものはほとんど買わなかったし、化粧品も全然買わず、試供品を何度も何度も使っていた。その時は「友達のお母さんのように、きれいな格好をした母がよかったなあ」と思ったが、今では「母も女である以上、きれいな服を着たり、化粧をしたりしておしゃれをしたかっただろうに、私たちのために我慢していたんだなあ」と、不覚感謝するようになっている。
 私はまだ、自分を犠牲にしてまで人のために尽くせるほど、人間が大きくはない。しかし、私には母という立派な見本がある。その見本を超える人間になるのが私の目標だ。私が結婚して子どもができて、母と同じように育てたとしても、それだけでは母を超えたことにはならない。母を超えるために、私は他の人に幸せを分け与えたい。そんなことは難しいのは分かっている。だからこそ、たくさんの人に、たくさんの愛を分け与えられる人間になりたいのだ。それが私の一生をかけた挑戦なのだ。

          (以上、約600字)






※ 理屈っぽくなるので、「なぜなら」を省いて、「母は自分は……させてくれた」とする。

講 評
一、内容と構成
 
 内容からすれば「私の尊敬する人」という題がふさわしいが、結論部でうまく課題に合わせている。
 
 なお、「結論を、『自分を犠牲にしても他の人に尽くせる人間になるのが私の目指す公務員像だ』としてはどうか」とのことであるが、「母のような公務員」となると、「首長」が想定されるが、話をそこまでもっていくのは難しい。これはこれでよくまとまっているので、無理にこじつないほうがよい。

二、表記と表現

 ※印の注記のほかにはなし。

 ○ ランク—A、得点—85

もどる



 礼状(結果報告)

全8編の練習の終わったのが7月中旬であった。
11月の末ごろに、次の手紙が届いた。

 暮れも押し詰まり、寒い季節になってまいりましたが、いかがお過ごしですか。
 私は作文道場で添削をしていただき、作文に対してかなり自信がつき、このたび、国家Ⅲ種の郵政事務Aと、地元の市役所に晴れて合格することができました。これも全て作文道場で教えていただいたお陰です。
 試験では「私の公務員像」や「21世紀における地域への私の役割」、「疲れた時の、一番のリラックス法」などでしたが、添削を受けた作文を応用すればよいものばかりで、落ちついて書くことができました。
 作文は1人ではどうすることもできないと思い、作文道場にお願いしようと決めたのですが、あの時作文道場に決めてよかったと本当に思います。大手の予備校で何回か公務員試験の模試を受けたのですが、アドバイスの言葉が少なく、悪いところがわかりづらかったので、作文道場で見てもらってやっぱりよかったと何度も思いました。
 これから公務員として文章を書く機会が多いと思いますが、最初に習った分かりやすい文章を書くよう心がけていきます。
 先生もお体に気をつけ、若い人の作文力をつけるために頑張ってください。本当にありがとうございました。

もどる

紅梅白梅(東京・谷保天満宮)